こちらウェブブログは “subちゃんねる” として、気楽なお話を中心にしています。NOTEの方は、”思索する” を心がけようと思います。ま、私ですから、たかが知れていますけれど…
その昔、アルパインクライマーであったことの僥倖
自分は1970~80年代に、日本で割とガチなアルパインクライマーで、夏山、ロッククライミング、冬山、氷壁、そしてヒマラヤへの遠征隊にまで参加する機会に恵まれた。

それでも、ネパールに永住するなんて考えたことはなかった。それが今、人生の半分以上をネパールで暮らして、このまま死ぬまでここにいると思う。ネパール国籍の取得も考えている(ネパールの家族が反対しているけれど)。
人生の一時期をクライマーとして過ごしたから、ネパールでトレイルランナーになれた。

そして今に至るまで、日本の、世界の登山家の皆さんから「仲間」扱いをしてもらっている。面白い文化行事に参加する機会にも恵まれた。
日本の両親からは「いつか山で遭難して、捜索費用で家族を破産させる。世間様に迷惑をかけて、真面目に生きてきた父さん母さんを社会的に破滅させる」と非難され続けてきたが、これを補って余りある仲間に恵まれた。
事実、山でいってしまった仲間はいるけれど、誰も家族を破滅させてはいないよ。悲しませてはいるけれど、あいつら、まだみんなの胸の中で生きてるんだよ。世の中にはそんな生き方もあるんだよ!
山には、言葉では言い表せない異世界がある。そこに入るには、ただ、自分と仲間に誠実に、自然に対して謙虚であればいい。スーパークライマーでなくたっていい(もちろん、一流の方たちだけが知る世界もあるし、尊敬するしかない)。
と、しばらく騒がしく過ごしてきたのが落ち着いて、そんなことを思う。
今日から、普段の生活に戻る
先月から続いていた「普段とは違う日々」の大波が、収まった(自宅の工事は継続中なんだが)。今日から努めて、日常に戻る。
昨年9月以降、私生活を公表することの危険性を深く認識した。アルゴリズムに絡めとられることは、いつ、だれにでも起こり得る。特にブログなんか公開していると、危険このうえない。毎日の静かな生活は、奇跡なんだ。身に染みた。
さて、デスクを離れて外に出よう!シュワッチ~
この時期に発見、緊急対応にかかる提言
下村健一 氏: 元TBS報道記者で、民間任用で内閣審議官。民主&自民の3政権で、首相官邸広報担当。2011年東日本大震災発生時、期間限定の民間登用で官邸の内閣広報室に勤務。時には総理執務室という最奥の中枢で修羅場を目撃した(本人作成のプロフィールを元に再構成)
以下のリンクから、記事を読んでいただきたい。
緊急事態に臨んで――― 3・11当時の官邸から、今の官邸に伝えたい事
民主党政権時の登用とする点から、リベラルな論客だと推察する。しかしながら、主義主張を超えたジャーナリスト、知識人として、緊急時のトップマネジメントに対する分析と提言は、私の思考に刺さった。このような一種の極論を自分の日常に落とし込んで、頭の体操をしておくことは悪くない。
中・後編に続く….の、続きが見当たらない点は、何かあったのかな。
忙中、友あり
ここ1ヶ月ほど、忙しいというより、常にプレッシャーに追われ心が晴れない日々が続いている。あと2週間ちょっとで、極端な切迫感の日々は終わる、筈。半面、熱を出して寝込んで悪夢にうなされるほど、普通では知り得ないものと出会える喜びにも恵まれている。

気が付くと、時たま仕事絡みで人と会う以外、終日仕事場でパソコンに向かう孤独な日々。救いは「やっほ~日本から来たよ、会いに来い」とか「ねぇ、週末あそこ行こうよ」とか「こんな会があるから顔出せよ、ゴルァ!」とかいう、ネパール国内からのお誘いだ。
日本からも、古くからお世話になりっぱなしの先輩から「面白いこと、一緒に企もうぜ」と破天荒なお誘いメールも飛び込み、複数タスクで煮詰まるというキャパシティ・ビルディングの機会をいただいている。
意固地なワタクシなのに、思い出してくださる同輩・先輩がいることはありがたい。
渦中にいるときは苦しくても、経験という財産になる。失敗しても学習する。よい人脈を広げる(近年むやみに広げなくなっているが)。幾つになっても、今日が一番若い。
ネパールで写真を撮ると、起こりえること
ネパールの方たちは一般的に、写真を撮ることと撮られることが好きだ。老若男女、どや顔の自撮り写真が大好きだ。そして、一緒に写っている人の了解を得ず、SNSに投稿することもあり、プライバシーはダダ洩れとなる。良識ある筈の人の中にも、そういう輩が混じっていて気が抜けない。
本当に理解できないのは、政治家たち。病人、けが人のお見舞いと称して大人数で、土足で病室に押しかけ、寝たきりの患者を囲んで記念撮影をしてSNSで公表する。自分の父親の臨終間際を見舞う写真を(誰に撮らせたの?)、亡き父との思い出として投稿したりもする。個人や家族の価値観だけれど、私には理解できない。
ネパールの方から「えっ、一緒に写真を撮らないの?」と驚かれることもある。理解してくれない人もいるが、写真を撮らないことで相手の立場を尊敬していることが通じる場合もある。以前、仕事でネパール地方行政の役場に事前調査に行くと、市長さんやら村長さんたちとの写真撮影を求められることが多かった。支援要請の事前調査で、出張者が私一人の場合は断り続けていた。決定する前のプロジェクトが、「前向きに進んでいます。日本の方も支援を約束してくれています」との文章とともにSNSで拡散され、地方政治のキャンペーンに利用される事例が現実にあるからだ。歓迎の花輪をかけられ、手には記念品を持たされ、政治家や役所の方々と笑った集合写真なんて….誤解されることこのうえない(花輪と記念品も丁重に断っていた)。
事業が完成しての式典なら、私よりずっと偉い方と皆さんがにこにこ笑って写真を撮影するのは当然。私も末席に並ばせていただくことも多かった。それはまた、別のものだから。
時には仲間内や、結構な偉いさんネパール人と「でれっ」と肩なんか組んで、仲良し写真を撮ることもあるけれどね。時と場合。相手との関係性。そして、撮影後の写真をどのように使うかは、迷惑が掛からないように考える。
何事によらず、一瞬立ち止まって考えることは重要だ。私は間違うことも多い。だから謙虚に考えて、間違ったときは反省しておわびしたい。この点、安易にネパールの感性に流されずにいたいと思う。