ネパールの方たちは一般的に、写真を撮ることと撮られることが好きだ。老若男女、どや顔の自撮り写真が大好きだ。そして、一緒に写っている人の了解を得ず、SNSに投稿することもあり、プライバシーはダダ洩れとなる。良識ある筈の人の中にも、そういう輩が混じっていて気が抜けない。
本当に理解できないのは、政治家たち。病人、けが人のお見舞いと称して大人数で、土足で病室に押しかけ、寝たきりの患者を囲んで記念撮影をしてSNSで公表する。自分の父親の臨終間際を見舞う写真を(誰に撮らせたの?)、亡き父との思い出として投稿したりもする。個人や家族の価値観だけれど、私には理解できない。
ネパールの方から「えっ、一緒に写真を撮らないの?」と驚かれることもある。理解してくれない人もいるが、写真を撮らないことで相手の立場を尊敬していることが通じる場合もある。以前、仕事でネパール地方行政の役場に事前調査に行くと、市長さんやら村長さんたちとの写真撮影を求められることが多かった。支援要請の事前調査で、出張者が私一人の場合は断り続けていた。決定する前のプロジェクトが、「前向きに進んでいます。日本の方も支援を約束してくれています」との文章とともにSNSで拡散され、地方政治のキャンペーンに利用される事例が現実にあるからだ。歓迎の花輪をかけられ、手には記念品を持たされ、政治家や役所の方々と笑った集合写真なんて….誤解されることこのうえない(花輪と記念品も丁重に断っていた)。
事業が完成しての式典なら、私よりずっと偉い方と皆さんがにこにこ笑って写真を撮影するのは当然。私も末席に並ばせていただくことも多かった。それはまた、別のものだから。
時には仲間内や、結構な偉いさんネパール人と「でれっ」と肩なんか組んで、仲良し写真を撮ることもあるけれどね。時と場合。相手との関係性。そして、撮影後の写真をどのように使うかは、迷惑が掛からないように考える。
何事によらず、一瞬立ち止まって考えることは重要だ。私は間違うことも多い。だから謙虚に考えて、間違ったときは反省しておわびしたい。この点、安易にネパールの感性に流されずにいたいと思う。