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2004年 8月 2日(月) 家庭の幸福と、ネパールの希望と危険

カトマンズ市内のアパートから、郊外の一軒家に転居してここ半年ほど。仕事が忙しい時期を除き、週末は自宅で過ごすことが多くなった。かつてはバリバリの遊び人であった亭主が、四十路を過ぎてからは、「家庭回帰」現象を起こしている。

アパート時代は、家の中を掃除するだけで良かった。しかし一軒家となると、家の中の広さが多少増しただけでなく、屋上、庭、水回りなどなど、手をかけなくてはならない場所が増えた増えたぁ〜ふぅっ(^。^;)なのだ。

でもって、今までは5〜6年に一度の割で引っ越しをしていたから、家具らしい家具は持っていなかった私たち。今度は、最低でも10年以上暮らす見通しで引っ越した家。ネパールに住んで14年目で、初めてソファセットやら、ちゃんとしたスプリングベッドなどを買い揃えた。現在その、家具シリーズり最終ラウンドで、亭主共々期待に胸を弾ませたり、思い通りにいかなくて寝込むほど疲れたり。

いろいろと物いりで、殆どゼロとなった我が銀行口座の先行き。そして、治安状態が向上しない中での、仕事の先行き。この二つを真剣に考えると、寝ていても悪夢で目が覚める日が月に何日か.......ある。しかしこういうことって、人間40代では避けて通れないことだとも思う。ネパールでも。日本でも。仕方ない。

引っ越し以前から現在まで、いろんな業者さんと付き合って、いろんな出来事があって。喜んだり落胆したり。でも、そんなやりとりの中から、ものを作り上げる喜び。他人さまと気持ちを通わせる醍醐味を感じていきたい。

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ああ、最近この日記は、私の身の回りの些細なことばかりだな。つーか、最近の私は、そーゆーことに翻弄されているっちゅーことなのだ。

そんな中でも、ネパールに「希望」がある!と実感する出会いがある。確かに厳しいネパールであるが、そんな中でも、ネパール人の手で前向きな活動が続いていることを、日本に紹介すべく本職に励みたい。本職の方での活動は、ネットには紹介できないけれど......ネット以上に、沢山の方たちに見ていただける媒体なのだ。

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ところで、日本の外務省が発出する「海外危険情報」、ネパールに関する最新情報が出た。http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=10

都市部で頻発する爆弾事件、政府職員や治安維持官などに対する襲撃テロの増加が、今回は反映されたものであろう。これからの観光シーズンに、多少なりとも影響の出る情報だと思う。ネパール政府も、反応しているらしいし。

確かに、カトマンズ首都圏の治安は悪化している。生活をしていて、ひしひしと感じるものがある。旅行者の皆さんにも、是非気をつけていただきたい。

ただ困るのは「じゃあ、私の旅行はどうしましょう?」と、見ず知らずの方から問い合わせを受けること。何とも云いようがない。

私を含む多数の在留邦人は、毎日身の安全に気は遣いながらも「普通に」暮らしている。私たちがカトマンズで身に感じつつ、「ぐっ」と堪えている危険とは、直ぐに我が身を脅かすような「直線的に尖った」危険ではないと思う。

もっと薄ぼんやりとした、靄(もや)のようにうっすら我が身を包み込む、マイルドでいてしかし存在感のある危険なのだ。普段の生活では「忘れられる」危険。でも、自分の周囲に漂っている危険。

よほど運が悪くない限り、我が身に降りかかるとは思えない危険だけれど、それでも、いつどこで何が起こるか分からない。私のように、ネパール人の家族がいる人間にとっては、また別の感じ方を引き起こす危険。

私たち、この国に根を下ろした人間は、ちょっとやそっとのことでネパールを見捨てるわけにはいかない。ネパールの状況に合わせて、良いときは良いなりに、悪いときは悪いなりに生活をして、その時々のビジネス・チャンスを掴むべく努力している。

一方旅行者の方たちは、あまり深刻に考えず安全な環境の外国で旅行を楽しみたい。日本で得ている便利さを外国でも追求しつつ、異国情緒に浸りたい。普段の苦労や日常を忘れて、旅行だもの楽しみたい!と考えるのはごく当然のこと。

一方、自分はネパールが好きなのだから、その時々の状況を判断しながら旅をしたい。そのために、最新の情報を集め、判断し、危険の中の安全範囲を見据えたい。そんな旅人がいることも事実。

前者の考えの方たちにとっては、ネパールという国は「旅をしづらい度」が高まりつつあるだろう。しかし後者の旅人にとっては、「まだまだ楽しい旅が出来る国」「自分で考える面白さが味わえる国」「魅力的な国」であり続けているネパール。

いや。前者の皆さんであっても、信頼できる、日本人のハンドリングで定評のある旅行会社を通じた旅行であれば、まだまだ大丈夫と思う。

う〜む。このあたり、大変に書きづらい。ネパールで生活をしている我が身である。ネパールの治安状況についての文章は、自分の首を絞めることにもなりかねない。

でもね、本来はね......生活者として旅人として、ネパールで実行すべき情報収集や基本的な確認。状況判断と行動。これくらいのものは、日本にいてもどこにいても、当然やってないとダメなんじゃないかな?日本だって最近、ネパールでは考えられないような事件が続いているものね。

ネパールに来るのも、日本でデパートに買い物に行くのも......人として生まれて生きて、いつの日か死ぬという生物としてのお約束の中では、人間という生き物として我が身を守る上では、全然違うように見えても実はほぼ同じことだと思う。

まあ、結局、価値観というか人生観だよね。と、云ってしまうと話はおしまい。




2004年 8月 4日(水) ネパール政府は真剣、かつケセラセラ

本日午後、ネパールの情報通信省大臣兼、内閣スポークスマンである、モハマド・モハシン博士とお会いする機会があった。

ネパールにおいては少数派の、イスラム・コミュニティ出身のモハシン博士は、学識経験者としての教養にあふれる紳士であった。また政治的にも、上院議長を務め、ギャネンドラ国王陛下から信頼を置かれているベテランである。大変に厳つい、ひげ面、濃い顔のモハシン博士であるが、正直な発言に私は好感を抱いた。

在カトマンズの報道陣から、政府とマオ派との秘密交渉の如何について質問が飛んだ時は、「そんなことは、この場でお話ししたくない」との返事とは裏腹に、博士の表情が沢山のことを物語ってくれた。

2005年4月中旬までに、国会下院の総選挙を実施することが至上命題の現内閣。そのためには避けて通れない、マオ派との停戦・和平交渉をせずに、時間を過ごしているはずは........ない。絶対に、ない。

マオ派の動きに関しては、時々カトマンズで、真実を反映した噂が流れることがある。現在も、気になる噂がある。噂が噂のままで終わるか、それとも何らかの「結果」に結びつくか。もう少し見守るしかない。希望を持って見守りたい。

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私は、7月末に日本政府外務省が発出した、首都カトマンズと観光地ポカラを含む危険情報について質問をした。

これらの地域に対し、「渡航の是非を検討して下さい」のアドバイスが出てから、日本の旅行会社が主催するツアーのキャンセルも出ていると聞いている。ネパールの旅行業界が、日本政府に対して「情報の見直し」を要請しているとのニュースもある。では、ネパール政府としての立場はどうなのか?

内閣のスポークスマンでもあるモハシン博士は、ネパール政府内務省や、ネパール内外の関係機関に問い合わせの上、旅行が実施できる地域と出来ない地域を確認の上、来ていただければよいのではないか。との答えであった。

更に、ネパール政府として日本政府に、この件について話し合いをすることはないのかと問うたところ、はっきりとした答えはなかった。

ネパールのマオ派は、外国人をターゲットとした破壊活動は行っていない。だから、状況を判断しつつ旅行に来ていただいて差し支えない。ただしネパール国家として、旅行者や旅行業界の安全を守るべく「断固として立ち上がる」予定もない。と、そんな印象を受けた。

ネパール政府も、マオ派も、外国人の安全について、ぼんやりとした「まぁ大丈夫でしょう、外国人は」という物腰が感じられる。しかしそんな現状では、楽しみにしていたネパール旅行を諦める外国人の悲しみと、キャンセルや旅行客減少により経済的・社会的に打撃を受けるネパールと日本の「真っ当な」旅行業界の衝撃に対しては、誰も責任をとってくれないのだ。

不条理だ。

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歴代内閣ともに、マオ派の問題解決という「身に余る」問題を抱えて、観光業界の保護や外国人に対する安全の保証にまで手が回らないのだろうね。

私の個人的意見としては、

1.自分の身の安全を自分で守れる、大人の旅行者。
2.お客さんの安全を最大限に守ってくれる旅行会社の主催・手配旅行。

であれば、まだまだネパールの旅は大丈夫だと思う。

ただし、

1.あなた自身が「大人」の旅人かどうか?
2.あなたの旅行手配が、信頼できるルートのものかどうか?

については、それこそ「真面目に・真剣に検討して下さい」なのだ。一見、社会的に地位のある人に引率された旅行であっても、大変危険なことを、知らずにやっている人たちもいる。他人に迷惑をかけていることも、無頓着な人たちがいる。

その一方で、ネパールの旅行・トレッキングに長年の経験と実績がある旅行会社に、キャンセルが多数出ていると云うことは悲しい事実である。本当に旅行が実施できないなら、ネパールの受け入れ側から知らせがあるはずである。ネパールで受け入れる方々は、日本で旅行を主催する会社の方々は、大変な努力でお客の身を守っている。今までも、今日も、そして明日も.........

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日本外務省のアドバイスは、「渡航の是非を検討」したうえで、万全の体制で旅をしてください。もしあなたに不安があれば、不安を取り除くべく各方面と相談の上、努力してください。そのような努力も判断も出来ないとお考えなら、渡航の是非について慎重な結論を出してください。

なんじゃないだろうか。自国民を守るべき、日本政府の立場としては当然の発言であると思う。事態の推移を的確に捉えている。

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無謀な旅をして、危険を感知できないでいること。自分で考えるより、権威が発出する情報が1段階上がったのだから......と、それだけで怖がること。自分で「考えていない」ということでは同じ。

「考えて・判断して・行動して」旅を楽しむこと。今回は諦めること。自分が主体的であるなら、その両方ともすばらしいと思う。

情報は情報でしかない。考えて、決断するのは.......「あなた」なのだから。




2004年 8月 8日(日) ミス・ネパール決勝@かぶりつき

日本からネパールに「一時帰国中(世間的にはネパール旅行と云ふ)」の師匠が、どーしても、どーしても見たい!見たい!!見たい!!!と仰る。

亭主に頼んで手に入れてもらった「ミス・ネパール決勝」のチケットを握りしめ、昨日、ビレンドラ国際会議場大ホール・サガルマータに足を運んだ。かぶりつきで見たい!見たい!!見たい!!!との師匠の熱望に負け、おひとり様2,000ルピーという、ネパールでは「神」として君臨できるチケットであった。万全を期して早めに座席を確保したこともあり、最前列=スポンサーさま、の次の席であった。

師匠、来年は「スポンサーになりますかい?」

今年で10回目を迎えるミス・ネパールコンテストである。過去には、仕事として密着取材をしたこともあり、見ていて感慨深いものもあった。参加女性の美しさ・可愛らしさが、年を追って洗練されてきていることだけではない。審査員との「Q&A」が今回、参加者全員英語での受け答えであったことも印象的であった。中には質問の意味が理解できず、アサッテの答えもあったけど。

私は英語でしゃべることが、ネパール語より高級だとは思わない。問題はその内容だから。しかしこのコンテストの優勝者=ミス・ネパールは「ミス・ワールド」世界大会に。準ミスは「ミス・アジアパシフィック」国際大会に、ネパール代表として出場する権利を得る。そこでは当然、英語の世界。世界標準の言語である英語「でも」自己表現できることは、大切な要素なのである。

芳紀18歳のパヤル・シャキャちゃんがミス・ネパールの栄冠に輝き、私と師匠が「可愛いね」と目を奪われたサラ・グルンちゃん、アニタ・グルンちゃんが準ミスと3位に入賞。師匠は見ていて微笑ましく(?)感じるほど、アニタちゃんにご執心であった。いやはや......おやぢは仕方ねーな。

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会場の外では、アンチ・ミスコングループが大騒ぎだったようである。木材と写真をプリントした布で出来た「ミス歓迎ゲート」をたたき壊したり......

なら、例えば。ネパール国家と王家の守護神として、幼い女の子が外界との接触を厳しく制限され、人間としてではなく「生き神」として幼児〜小児期の10年ほどを過ごす「ロイヤル・クマリ」制度について。こういう事にも、ミスコンと同じようにアクションを起こすべきなんじゃないかな?

外国からやってきた、時代遅れのミスコンを非難する権利は.......ある。なら、ネパールで続いてきた、現代に見合わない可能性のある伝統についても、同列に、改善を求めていくべきじゃないのかな?

逆の立場に立つと、若い女性が「社会的上昇の階段」を上るための、ひとつのプラットフォームとして、ネパールでのミスコンが健全に機能している現在。若くて美しいだけでなく、才能と頭脳を兼ね備えた野心的ネパール女性が、ミスコンにチャレンジする権利もある。ネパール社会が女性に対し、もっともっと成熟したものになったら。その時はネパールの若い女性たち自らが、ミスコンに決別するのだから。

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ところで、参加者じゃなくて「審査員」は、もうちょっと何とかしてほしかったな。

いかにも的で、捻りのない質問がいくつもあった。参加者の美と知性を審査するのであれば、審査員ももう少し知性つーか、ウイットやユーモアのある、世界でも通用する教養人を集めるべきじゃあないのかな?

ネパール国内に関する知識も大切だけれど、国際情勢は関係ないのかな?世界大会出場が決まったミスたちは、これからお勉強するのだろうか?英語は上手に喋れるけれど、国際的な観客や審査員を唸らせるような種類の答えは淋しかった。

ネパールを代表するミスたちが、世界でも認められるために足りないのはまず「背丈」であろう。そして、世界に通用する知識やウイットだろうね。ネパールの場合、数ヶ月の準備で済ませてしまうところに問題がある。そこが、世界で評価される南アジアの美女大国、インドと違うところだね。

それぞれの文化固有の「美意識」を、世界標準で括るな!という意識もある。ネパール女性の健気さ、賢さ、勤勉さに裏打ちされた美がある。同じように、並み居る世界の美女の中でもピカーっと輝くネパール女性が、そろそろ出てきてもいいんじゃないかな.......という期待がある。

いや。そういうホントの世界標準知的美女は、カトマンズにはいるんだよな。でもそういう女性本人も家族も、ミスコンなんて品のない!と見向きもしない。サクッ!と、アメリカ東海岸の名門大学に留学していたりする。はい。

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昨日は北京方面でも、いろいろ考えさせられる事の多いイベントがあったようだね。




2004年 8月13日(金) 幸せを感じる瞬間

最近、カトマンズ近郊の農家におじゃまして仕事をしている。

収穫の喜びの中、庭先に敷いたシートの上に、農家のお姉さんお母さんたちと車座で座り、もぎたての果物をごちそうになったりしている。農作業用の鎌で皮をむき、さあ、お食べなさいよ!とすすめてくれる。

みんなでにこにこ。笑顔で食べる果物は美味しい。実に、うまい!

あっ.......すごく幸せだ。

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先日、スパイダーマン2を家族や友人と観に行った。

ドルビーデジタル・サラウンドの音響の中、息子も亭主もにこにこ。私も夢中で楽しんだ。電車の乗客の手で運ばれる、素顔をさらしたスパイダーマンのシーンでは、あれ?マトリックスのぱくり+アンチテーゼじゃん......

あっ.......すごく幸せだ。

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私の人生も、もう四十路。折り返し地点を過ぎている。

しかも、いつ何が起こるか分からないネパール。多分明日や明後日くらいまでは、こうして笑っていられると思うけれど、それ以降のことは分からないね。正直。いや、人生というのは実際そういうものなんだけど。いくら安全な場所にいてもね。

現在のカトマンズ暮らしの中、日常のちょっとした瞬間の「きらきら輝き」が、私の中で増幅されているのは事実だ。これは無常観に基づく悲しさでもあり、多分私が日本に住み続けていたら、出会えなかった種類の幸せでもある。

あはっ。柄にもないこと、書いちゃったぁ。

これからのネパール。どう転ぶか分からない。私も家族も、大変な苦労を背負い込む可能性.......ゼロではない。でもね。こんな風に幸せを感じた瞬間があったことは、誰にも消せないんだよね。こんな想い出が、心の引き出しから消えてしまわない限り、人は希望を持てるんだと思う。

こんな風に考えられるようになったって事。やはり私も、歳をとったんだね。

日本で、いろいろ心配な情報が伝えられたりしているけれど、私のネパール人生はそんなところ。感謝している。




2004年 8月17日(火) 1974AD、そしてネパール映画過去の名作

先日土曜日は炎天下、真面目に仕事をしてしまった。仕事をするのは当然だけど。その「ご褒美」って感じで夜、パタンの住宅街にあるレストラン・ライブに出かける。

ふむむむっ.....と、1974ADなのだわ、これ。

小さな箱で、フルートとキーボードの参加なしと、若干物足りなさがあるものの、その分74ADの世界をすぐ近くで堪能できた。CDではイマイチな曲が、ライブだと素敵だった。ライブの方が素敵なバンド。ネパールでは数少ないんだよね。小さな場所で、でも演奏の「うるさい」感じがなく、そのうえでしっかりと74ADサウンドにゆらゆら漂える快〜感だった。

今回は、亭主の親友のお嬢さんも一緒だった。彼女は9年生。ティーンなのにもかかわらず、74ADつー「おやぢバンド」の大ファンなんだね。しかし我が家と違い、彼女の家は大変に堅い。東ネパールの地方都市で、代々校長先生を輩出してきたおうち。お父さんは良識派ジャーナリストであるが、未成年の娘を友達だけでコンサートに行かせたりは、絶対、絶〜対しない。

それで彼女が凹んでいたのを知っていたから、ご両親に「私と一緒ならどうかな?だめだよねぇ」と聞いてみたところ、「バウジュ(親友の妻=私)が保護者で行ってくれるなら問題ないよ。娘が喜ぶわ。ありがとー」と、予想外の返事。

更級日記の作者に、源氏物語をプレゼントした「をば」になったような.....気分。

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昨日は、ネパール映画のVCDが買えるというので、日本帰国間際の師匠と、師匠のお友だちと3人で、カトマンズ市内「中華電子街マハボーダ」に出かけた。

昔のヒット作。私の大好きなダニー・デンジョンパ(ヒンディー映画界の名優。セブン・イヤーズ・イン・チベットには「摂政」役で出演。シッキム出身なので、ネパール語もネイティブ。)、昔ハンサムだった頃のブワンKC。そして、無垢な笑顔が魅力であったヒロイン(現在は引退したもよう)のトリプティが出演している「サイノー(縁〜えにし)」。ブワン+トリプティの名作「サムジャナ(追憶)」。そして、トゥラシ・ギミレ(監督)兄貴のヒット作「ダルパンチャヤ(鏡に映った姿)」の3本を買う。

この中で「サイノー」は、今から17年前、日本からネパールに着いたら終わっていたぁ〜。くやしー。見たかったのにぃ。の作品だった。

ムンバイの都会暮らしに見切りをつけ、出身地のネパール(でも、ロケの殆どはシッキム)に戻った夫婦(トリプティ+ブワン)と一人息子(ラクシャ)。良き家庭人でもあるが、どうしようもなく女性に弱い夫は、街の女性と不倫の末、謎の事故死を遂げる。残された妻と息子。男手がいない中、苦労を重ねる家にある日、流れ者の男(ダニー)がやって来る。息子が懐いてしまい、結局この家の納屋に住み、陰・日向となり女と子供の所帯を助けることとなった。村の嫌らしい有力者(ムラリダル)が、美しい寡婦となったヒロインをつけねらう。しかし流れ者の男が助けにはいる。「あの男はだれ?」と、無責任な噂を流され、村人が詰めかけた。しかしそこで、本当の悪者の姿があぶり出される。窮地を脱したふたりに、突然意外な事実が突きつけられる。彼の正体は?悲しみを乗り越え、新たなサイノー(縁)を結ぶことが出来るのか?

ネパール映画「サイノー」って粗筋であるが、高倉健主演の山田洋次監督作品か?って感じである。いい意味で。つい、ほろほろと涙腺が緩んでしまう。

スケベ亭主の不倫シーンは、なかなか、なかなかイヤラシい。JULIEなどよりずっとイヤラシいんじゃないかな?肌の露出が少なくても、イマジネーションを存分にかき立てる!って感じ。

だからこそ、妻と息子、そして流れ者の男が「清らか」に輝くんだね。ネパール版、「幸せの黄色いハンカチ」である。いやぁ〜、ネパール映画って、昔は良かった!叙情的。

最近のは、はぁ〜っ(-_-)

考えてみると、「サイノー」「サムジャナ」「ダルパンチャヤ」と、全てインドに住むネパール人が制作したり監督したりしたものばかり。インド社会の中で、魂のふるさとネパールを想うからこそ、いい作品が出来るみたいだね。私はどうも、純粋ネパールの映画人が作ったネパール映画って好きになれない。ムンバイ、ダージリン、シッキムなどに移住したネパール人の子孫が映画界に入り、インド社会の中作ったネパール語の作品の方が、ネパール人の矜持を伝えているんだよね。

昔、ダージリンやシッキムでロケを行った作品群は、ベンガル映画界の影響やマンパワーもある。カメラワークも、ねちっ!としてるしね。それが良いのだわ。

このあたりの時代のネパール映画が、実は私の人生を変えてしまったのであるけれど......この話は長くなるので、また別の機会に。