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2004年 3月 5日(金) 早春のマナン報告・予告編

早春のマナン無事、マナンから戻りました。

で明日から、全く別の仕事でジョムソムに飛びます。いやはや、パチンコ玉状態。

うれしい限りであります。

早春のマナン報告はまた、来週後半。楽しいお話し、満載です。



















2004年 3月12日(金) 早春のヒマラヤは、異空間宇宙と銀食器

アンナプルナ・ヒマラヤの北側。トロン峠を挟んだマナンとジョムソムに行ってきた。

宇宙色の空

マナンは冬の静けさに別れを告げ、人々も自然も、春の訪れに心躍らせていた。

空の色は蒼く、そのまま宇宙につながっている。

プラガ村の僧院

マナン村の隣ブラガ村には、500年以上古い建物の僧院があった。天窓から光り射す本堂は、仏教の小宇宙。

マナンは人を、詩人にする。

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一方、峠の向こうのジョムソム。

アプリコットの花とニルギリ

アプリコットの花盛り。後ろに見えるのはニルギリの白い峰。

私たちが泊まった宿の主人は、我が亭主の仲間内。ジョムソムに本拠地を据えながら、カトマンズの政界、実業界、映像業界を縦横無尽に駆けめぐる、「がはは」と笑顔の気持ちよいN兄のロッジ。N兄はタカリ民族の大旦那。

夜、N兄の使っている食器の色、質感に目がとまる。使い込まれ、ぴかぴかに磨かれた深い銀色。皿も椀も、ネパール料理を食べるのに普通使うステンレス食器より、全然厚い。表面の質感も、手作り。

「ねえ兄さん、それってシルバー.....だ・よ・ね」

「がはははは!まあ、そんなとこよ。がははははは!」

ネパールやインドでは、銀の食器でご飯を食べるのは「王侯貴族」だけ。庶民は銅の食器が最高とされる......筈なんだけど。

しかしタコーラ出身のタカリ民族は、ちょっとした家なら必ず銀の皿、お椀、グラスの食器セットを揃えると云うことだ。そんな食器が何セットあるかで、その家の財力と胆力を示すのだそう。

うーーーーむ。タカリはすごい。日常の食事に銀食器。

山地のブラーマンである我が亭主は、銅の食器に愛着を持っている。田舎の家にあった銅食器にまつわる想い出話も尽きない。カトマンズで新生活をはじめた時、私が「えいやっ!」と頑張って買ってきた銅食器に大喜びした亭主。

いつか我が亭主にも、銀の皿でダルバートを食わせてみたい。そんな野望がふつふつと湧いてきた、ジョムソムの夜。

ジョムソムは......資本主義上昇志向の村であった。




2004年 3月15日(月) 祈りの心

アンナプルナ連邦の北側、インナーヒマラヤ。ほとんどチベット....な世界が広がるマナンでは、そこに住む人たちの「祈る姿」に心打たれる。

マナン村を含む「ニシャン渓谷」の人たちは、チベット仏教カギュ派の篤い信仰を持っている。

ニシャン渓谷に祈る

ニシャン渓谷の至る所には、マニ車がある。このマニ車、ミルク缶くらいの大きさの円筒の中に(もっと巨大なものもある)経文や仏宝が納められており、掌で回すことにより、読経をしたのと同じ功徳が積めるという。

マニ車のある場所を通る時、老人だけでなく、若者も律儀に回してゆく。一見無信心にしか見えない我が友人のマナンギ、国内線パイロットでありカトマンズのディスコキングでもあるキャプテン・トリプルでさえ......

マニ車

超乾燥地帯であるニシャン渓谷で、短い夏の間僅かばかりの農業と牧畜、そして交易で生をつないできた人たち。

20世紀後半に入ってから、故マヘンドラ国王の恩賜により、東南アジア交易への門戸を開かれたマナンギの人たち。ある人は財をなし、ニシャン渓谷を去り、カトマンズに居を構えた。

マナン僧院@カトマンズ

カトマンズのスワヤンブナート寺院の麓には、マナンギのための壮大な「マナン・ゴンパ(僧院)」がある。ゴンパでは、ちょうど法要が行われていた。

善男善女は、手持ちのマニ車を回し続けている。それにしても、土産物で売られているような手回しマニとは異なり、重量感のあるものばかり。うむむむむっ。銀のマニ車も多いぞ。

タカリの銀食器。マナンギの銀のマニ車。




2004年 3月19日(金) 在留邦人として、半分ネパール人として

昨日、日本大使館領事部の主催で、在留邦人のための「危機管理セミナー」が大使館ホールで行われた。

ロンドンに本拠地のある多国籍危機管理会社の講師による、時勢に大変マッチした内容のものであった。反政府武装組織による危機を如何に回避するか?それだけでなく、特に日本から派遣された邦人が、ネパールで業務に当たる上での様々なロールプレイングなど、勉強になった。

一口に在留邦人といっても、日本から派遣されている人たち。ネパールで事業を行う人たち。ネパールに移住した人たち(国際結婚組も含まれる)。また、日本人だけの家族、ネパール人、諸外国籍の人たちとの国際家族。と、状況は様々である。

我が家の場合、亭主はネパール人のジャーナリストであり、それなりにネパール社会とのつながりも、右に左に.....ある。それが家族を守ってくれる。反面、それが家族を危機に陥れる可能性だって、将来的にはゼロではないだろう。

加えて私が、止せばいいのにこうしてネット発信などもしている。考えることはいっぱいある。考え出すときりがない。時々

「もっといろいろ、空の下で書いてくださいよ。率直に」

というご声援をいただくことがあるが、ご勘弁願いたい。ネパール国内に住む日本人としての「身の安全」を犠牲にしてまで、このサイトを運営することは出来ない。南アジアに、より現地社会と近いスタンスで住むということは、常に四方八方にアンテナを張り巡らせ、危険を回避するのが「習慣」になるもの。

危機管理セミナーの講師の方からの

「リスクのある場所でも活動できる個人・組織というのは、大変に競争力のある、他にはない能力を高めた、素晴らしい存在なのです。だから勇気を持ってください」

という、熱意こもるご発言には、心から勇気づけられた。今の自分はまだまだであるが、これからも精進したいと思った。

それにしても数年前までは、日本人の集まり.....と云えば、忘年会、盆踊り、運動会と無邪気に楽しいものばかりであったのに。あの王宮事件以降特に、危機管理への関心と比重が重くなっていった。

このような流の中、大使館のみなさま、在ネパール日本人会理事のみなさまには大変お世話になっている。今夜、日本人会の総会がある。会長はじめ、何人かの理事の皆さんは交代があるとも聞いている。

ありがとうございました。お世話になりました。ありがとうございました......




2004年 3月21日(日) 今日の一日

朝、日本政府の草の根無償で冷凍倉庫と店舗が完成した、高品質農産物直売センターの落成記念式典。道中、ベニ・バザールをマオ派が襲撃したニュースを聞く。

式典のメインゲストはタパ首相。昨夜から寝ていないご様子。そりゃそうだろう。

プラクリティ

それにしてもこのセンター、カトマンズ盆地だけでなく、ネパール各地の高品質農産物が揃っている。ランの切り花、ムスタンのそば粉、ジャム、濃縮ジュース、イチゴなど買い物も楽しめた。ネパールの環境保全NGO、Love Green Nepalと、日本政府の草の根無償のたまものである。ありがたい。付加価値ある農産物生産の技術指導に、長年携わってこられたJICA/JOCVのご努力も、忘れてはならぬ。

農家のやる気と消費者を結ぶ、ユニークな試みである。応援してます!

今日開店したセンターは、パタン郊外ブンガマティ村のすぐ手前。ちょっと遠いが、行く価値ある。また近い将来、パタンのホテル・ヒマラヤにもアンテナショップ開店とのこと。更に楽しみである。

一旦家に帰り、ダルバートを食べて出勤。

午後1時からは、ネパールで日本語を勉強するネパール人の皆さんによる、日本語弁論大会出席。今回は柄にもなく、審査員の末席を汚させていただく。いやはや、人に点数をつけるのって難しい。

日本語を勉強はじめて8ヶ月なんて人もいたが、聞いていて本当に興味深い内容の、堂々とした日本語スピーチで感心した。また特別参加で、カトマンズの日本語学校に通っている韓国人KOICAボランティア氏のスピーチは、自分の体験を元にした楽しいものであった。ネパールの学生さんたちの、頭で考えた観念的スピーチとは座標軸が違ったね。うーーん。教育スタイルの違い......を感じたね。

数多くのネパールの人たち、また外国人の方たちが、カトマンズに数多くある日本語学校で日本語を勉強してくれている現実は、有り難いことである。

夕方、某記者会見。まあ、ネパールは、厳しいなぁ〜。

旅行中の皆さん、くれぐれも「観光地」「メジャートレッキングルート」を踏み出さず、安全で楽しい旅をお願いします。ほんと。お願いします(涙目)




2004年 3月23日(火) ネパール人としての言い分

先日とある「些細な」交通事故があり、そこに日本人も巻き込まれた(怪我もされずご無事であった)。ネパールの新聞が「日本人もいた」と書いてしまい、それが某通信社を通じて日本に伝わり、東京+カトマンズしばし大騒ぎ。

極端な云い方をすれば、ネパールでは「日本人が転んで怪我をした」ってえのだってニュースになりかねない。この国で日本人というのは、大変貴重な・注目される存在なのだ。こんなに親日的な国は......ちょっとない。

で、実は、その日本人グループをハンドリングしている会社は、私たち夫婦の友だち。会社に日本人はいないけれど、日本の各方面に大変信頼されているネパール人の会社。ここの社長は.....すごく信頼できる人なんだな。

事故については社長が、現地の警察にも連絡したそうだ。私は友人である社長に、

「ねぇ、じゃあ何故日本大使館にも連絡してくれなかったの?」

と聞いた。これは日本人としての考え方。

「だってね、大使館の人に知り合いいないもん。日本関連の旅行会社として、つきあってくれるのは日系の会社=日本人が経営している会社だけだもの。僕たち、直接日本人のお客様から信頼されているけれど、カトマンズの日本人社会からは声をかけてもらってないもんね」

そりゃ、連絡しなくても当然.......というのは、ネパール人としての言い分。

カトマンズにはいくつも、日本人が経営に参加する旅行会社がある。どの会社も大変信頼できる。それと同じくらい、ネパール人だけで経営する旅行会社にも、日本人の絶大なる人気を誇る会社がある。

こんな治安状況の中では、情報の掘り起こしのため、ネパール人社会に切り込んでいくことは大切なんだね。普段からのお付き合いがあれば、情報は来るんだよね。

と、云うのは簡単。私のように「ネパール人家族」「情報が命な仕事をするネパール人亭主持ち」しかも「大変にヒマ」な人間は、ネパールの皆さんにつきあっていただくしかない。ネパールが趣味って感じもあるし。

しかし日本から派遣されている皆さんは、大変にお忙しい。際限なくネパール人との、直接のつきあいを広げるのは不可能であろう。難しい。

いやはや、大変な世の中である。

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今日はカトマンズ市内に、広大な園芸農園を持つナーサリー(園芸店)に行った。恒例の花の苗展示即売バーゲンの最終日だったから。

そうしたら、マシンガンを抱えた国軍兵士がやけに多い。買い物を終えて外に出ると、大型のジープに兵隊さんが満載。その中に隠れるように、ティーンエイジの女の子が2人。国軍幹部のお嬢さんなのだろう。車荷台には花の苗満載。

国軍幹部の家族ともなると、常に身の危険と隣り合わせ。それにしても大変な警備だ。ああ、万が一の時、巻き添えなどになりたくない。

いやはや、大変な世の中である。

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人生の無常観を感じる上で、ネパールで暮らすというのは大変に素晴らしい。

日本にいたって、極論を言えばイラクでも、人間次の瞬間に死ぬかも知れぬ。実際突然殺されるのはゴメンだよね。そういう危険は低いけれど、露骨にいろいろ体験できるのがネパール。

皮肉でなく、ネパール暮らしは世界に誇れるね。いやはや.......




2004年 3月24日(水) 人と会うことは大切

今朝、Mさんからお電話をいただき、思いがけず楽しい集まりにお声をかけていただいた。今まで、お会いしてご挨拶するだけの機会しかなかったみなさまと、ゆっくり、楽しい、有益なお話をさせていただいた。

日本の家庭料理の美しさも、久方ぶりに、目と舌で感じさせていただいた。

ありがとうございました。

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ネパール西部、ミャグディやバグルン方面は、厳しい状態が続いている様子。観光地ポカラの周辺であり、メジャーではないがトレッキングルートもかすっている。いやはや。いやはや.......

今月末からは、国王夫妻のポカラ、西部地区巡幸。加えて日本は春休み。学生さんたち、特にスタディツアー等は陸路移動・村訪問などの予定が多いだろう。くれぐれも気をつけて。いやはや。いやはや.......

若い皆さんがネパールを見てくださるのは有り難い。しかし、お願いだから、無理はしないでね。つーか、引率の方々には、適切な状況判断をお願いしたい。日本で決めた予定を、消化できたこと=ツアーの成功......ではない。という場合も、ありでしょう。旅も人生も不条理なものであるが、未成年の子供さんたちに、ネパールの不条理が降りかかることのないように。祈るばかり。

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今朝は、カンティプール紙が、某トレッキングルートの治安情報につき、「大誤報」を流してくれて......もう。ぷんぷん。

勘弁してよ (-_-;)

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それ以外にも、いろいろ、ちょっと......参ったなぁ。と、人生に心配はつきものであるが。嗚呼、勘弁してほしい。でもまあ、何とかするしかない。

自分に元気を!と、バラの花束など買ってしまう本日であった。

ここしばらく英気を養いモードであったが、そろそろまた仕事に戻ろう。職業生活的には、またまた楽しい毎日が過ごせそうである。




2004年 3月25日(木) ガーデニングの敵

引っ越した家に、ささやかな花壇がある。そこに花を植えると、我が家のバカ息子がボールを蹴りこむ。ナデシコ、マリーゴールド、何度も被害。

今日は折った花を、植え直して取り繕っていたのを発見。

云っても分からないのなら.......ボールを押収。空気を抜いて倉庫にぶち込む。花壇のない方の庭があるのに。我が息子の阿呆。亭主は、

「花を植えて、家庭の平和を乱すな」

と云うが、第一オマエのせいだ!花壇じゃなくて屋上に、私の鉢植えガーデンを作る計画を、強行に反対したのは誰だ!息子がアホならオヤジもバカだ。単純な予測能力もない。ああ、こんな奴らを選んでしまった私のマヌケぇ〜 (T_T)

ああ、でもね、こーゆー無力感って、日本人と結婚して日本で暮らしていても同じような出来事が起こるんだろうな。

まあ、オトコというのは生物的にそういうものだからな。年齢に関係なくね。

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理論の飛躍をお許し願いたい。

現在のネパールも、男性的暴力対処方法で、ドツボにはまっている感がある。叩かれたら叩き返す。そのためには、民間人への被害も致し方なし.....って、両方の側がそうだもんね。でもって、偉いヤツらは、口先だけで暮らしている。

まあね、我が家も花壇の世話を、オトコどもにやらせるという方法を採るかな?自分が丹誠込めて世話するものは、壊せない。そういう「守るべきもの」がない、「守ってくれるものもない」絶望感が、極論を言えば、人間同士の殺し合いの下敷きなんじゃないのかな。

私もまあ、花などに執着するなということもある。

家族であっても国家であっても、どこかでポジティブに話が回り出さないとね。

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現在もネパール西部で、反政府武装組織掃討作戦が続いているらしい。今月末、国王の行幸もあるし。政府側も必死になるだろう。

春の観光シーズンのポカラは、今年は旅行しづらい事態も起こりうるだろう。少なくとも4月上旬くらいまで。また政府は、秋のダサイン大祭後の選挙を云っているらしい。出来るかどうかは、全然分からないけれど。

政府・反政府側ともに、観光業に対する配慮っちゅーのはないね。いつものことだけど。観光については、私もずっと追い続けているテーマのひとつ。しかし、最近もう、真面目に考えるのがバカらしくなってきた。

これからのネパール観光は、99%外人には被害の及ばない危険を、むしろ積極的に考えたり楽しんだりする(不謹慎承知)姿勢が必要なのかも......ね。無常観、諦観を目の当たりにする、災難身に降りかかり覚悟の宗教的ツアーなんてね。つーか、人生自体が旅であり、無常かつ無情であるんだよね。

いやはや、まったく。大変な世の中である。




2004年 3月26日(金) ヨーガに復帰しますた

引っ越し、番組制作、出張と、2ヶ月ヨーガ教室をお休みしてしますた.....って、まあ、2ちゃんねらーずら。

えい、やあっ!と、本日より復活。ちと身体が固くなってたね (^_^;) 最後のリラックスでは、一瞬意識が涅槃......寝ハン。先生の声で「はっ!」と目覚めた。

ここしばらく、自分で見ても鏡の中の我が面構えが「丸い」んだな。ちょっと、シェイプせねば。太るのは簡単、痩せるのは大変。でもまあネパールで、太れるっちゅうのは有り難いことでもある。成人病はイヤだけどね。

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ギャネンドラ国王夫妻は、本日ポカラ入り。日曜日、ポカラのスタジアムにて、西部地区市民による歓迎の式典を受ける。その後数日間、多分、西部の各郡にも行幸されるだろう。ベニにもお運びだろうか?

日曜日、式典でのスピーチに注目だね。噂では、秋の選挙を発表するのでは....っちゅーのがある。さてさて、どーなるかね。陛下は、もっと賢い方だと思うけどね。

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さて昨夜、とある集まりで、カトマンズ市内タパタリの田村レストランに行った。

お待ちかねの「某板さん」が復活されており、メニューにないコース料理を楽しませていただく。これで田村さんも、安心してニューデリーにいられるね。私たちも、タマにプチ豪華な日本食を楽しめる。よかった、よかった。

某板さん、今度はじっくり腰を落ち着けてね!

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お招き下さったみなさま、ありがとうございました。みなさまの真摯なお姿、やはり自分は日本人で良かった!と、感じました。これからも宜しくお願い申し上げます。




2004年 3月28日(日) 暑い季節がまたやって来る

カトマンズの王宮通りに、セト(白)マチェンドラの山車が準備されている。

1年前のこの頃、
http://newsnepal.net/sora/2003/2003.4.htm#4/7
http://newsnepal.net/sora/2003/2003.4.htm#4/9

1990年の民主化動乱は、この時期であった。民主化から満14年を迎えようとしている今日このごろ。ネパールの政治・社会・市民生活は混迷が続いている。カトマンズで外国人として生活する分には感じないが、地方では、ネパール市民の生存権が危機に晒される事件が散発している。

今日の午後、山岳観光都市ポカラで、西部開発地区市民による国王夫妻歓迎式典が挙行された。注目の国王スピーチでは、

ヴィクラム暦2061年(2004年4月中旬〜2005年4月中旬)中に、国会下院選挙の実施。真の民主内閣・政府の再構築。

武力を捨て、対話による和平実現。

へのアピールがなされた。本来、国家統合の象徴である国王が、総選挙と和平交渉という「政治的課題」にも踏み込んでいる、踏み込まざるを得ない事態がある。

西部地区の住民代表のスピーチには、ポカラ空港の国際化やジョムソムまでの自動車道路建設などなど、開発計画の推進を国王に願うものが多々あった。政府は信頼できない.....のかな?それとも、朕は国家でございますよ、陛下。陛下のお力で是非、というものなのかな?陛下ご自身も、具体的な案件まで要請されてもお困りであろうに。ものの頼み方ちゅーのが、中世的である。

さて4月1日からは、5政党側の「反政府・反国王」キャンペーンが再開される。特に反国王については、王室の存在自体を否定するのか?国王の政治への関与を牽制するだけなのか?マオ派問題、憲法改正問題と絡んで、難しい問題である。

では政党側の「自浄作用」は?民主主義に名を借りた、政党政治家の利己主義政治の責任追及は?となると、まぁ、口だけでは立派なことを云うんだけどね。

武力で主張するマオ派に対しては、支持できない感情を抱く人が多い。

国王親政は.....時代に逆行するのは、やはり厳しい。

政党(マオ派を含む)が建設的な、民主主義的な政治活動を行う。国政・地方選挙が速やかに実施され、国民から選出された代表による中央・地方政府が再構築される。国王は国の統合の象徴として、国の「文鎮」として国民からの敬愛を集める。

そして社会正義が、正義がネパールを覆い尽くす。

って、そういう時代がやって来ることを信じたい。随分と時間は必要だろう。しかしいつか、理想を実現させるのはネパールの人たち自身。信じたい。

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私の通うオフィスの前に、日本の登山隊を多数アレンジする、ネパールの有名旅行・トレッキング会社がある。

登山隊の準備であろうか。装備やキッチン道具のパッキングが始まった。そうだね、春の登山シーズン。昨年はエベレスト登頂50周年と云うことで、エベレストを中心に多くの登山隊がネパールに集結した。カトマンズでも、お祭りムードを楽しめた。

今年は「祭りの後」のシーズンだから、登山隊の数はちょっと少ないかな?

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亭主のお母さん、姉妹に新年(ヴィクラム暦2061年新年は西暦4月13日)の新しいサリーを買いに亭主と一緒にアサン・バザールに行く。オフィスのスタッフのためにも、洋服やシャツの生地を買う。

サリーを買うといっても、コットンの普段着であるが、家長(お父さんは亡くなっているので)としての亭主は、買い物をしながら大変満足そうである。別に暮らしていても、家長として家族のために何かできるというのは、喜びなのね。そして家族は、家長を尊敬し頼る。ああ、どアジアだなぁ〜。

でも、多分、息子の世代になったら.....大家族主義、何それ?親や家族の世話、冗談じゃないよ。的な個人主義の色が濃くなるんじゃないかな?そうなると、自分はしてあげても、次世代から世話してもらえない亭主は The Last 家長 となるのかな?うーーむ、そうなるとちと可哀相。日本にいる実家の父とたぶってしまう部分があるな。嗚呼、親不孝な娘であり、悪妻でもある我が身。

なんつーことをつらつら考える、ヴィクラム暦2060年の年の末。